ビジネスモデル特許の出願を行う前に、
その基本的なシステムを知っておきましょう。
発明やアイデアを一定期間にわたり保護する特許制度。
特許の保護対象は多岐に及びます。
ビジネスモデル特許と呼ばれるものもその1つです。
インターネットを使って収益を上げたい、
得意なパソコンでビジネスを成功させたい、
という考えをお持ちの方の中には、
ビジネスモデル特許がとれないか、という方もおられることでしょう。
ビジネスモデル特許の取得にチャレンジするのであれば、
以下のことを理解しておくとよいでしょう。
ビジネスモデル特許とは
ビジネスモデル特許は、ビジネスを背後で支えるITの仕組み(典型的には、ウェブシステムをなすコンピュータの処理のアルゴリズム)の発明に与えられる特許です。
ビジネス方法特許とも呼ばれます。「ビジネスモデル特許」や「ビジネス方法特許」という言葉からは、ビジネスの仕組みそのものについての特許、という意味を容易に連想させますが、それは誤りです。ビジネスモデル特許は、特許業界でいうところの「ソフトウェア関連発明」に該当します。ビジネスモデル特許が認められるのは、ビジネスがITと密接不可分なものであり、そのビジネスのITに関わる部分だけに着目してもなお独創性がある場合に限られます。
ビジネスモデル特許の具体例
1990年代後半から2000年代前半にかけてビジネスモデル特許ブームと呼ばれるものが起こりました。この頃の米国では、アマゾンドットコムやプライスラインドットコムといったIT関連企業によるビジネスモデル特許の取得が相次ぎました。これらの企業の特許は日本でも成立していますが、その権利の範囲は米国特許に比べて非常に狭いものとなっています。
日本で成立したビジネス特許で資産価値が高いと言われているものの1つに、J-CAST社のエリアターゲティング特許(特許3254422号)があります。同社はこの特許のライセンス料を収益源の1つにしていることが知られています。
この特許は、ウェブサイトにアクセスしてきた端末のIPアドレスからアクセス元の端末のある地域を割り出し、割り出した地域に応じて配信コンテンツを出し分ける、というものです。この特許は、平成10年(1998年)6月26日に出願され、特許庁審査官による審査を経て、平成13年(2001年)11月22日に特許化されています。
この特許の申請書類の内容は、特許情報プラットフォーム(旧:特許電子図書館)という検索サイトで誰でも簡単に閲覧できます。
ビジネスモデル特許の価値
ビジネスモデル特許に該当するものであるか否かに関わらず、特許の価値は、特許申請書類の中の【特許請求の範囲】という記載項目によって決まります。先に挙げた例、J-CAST社の特許の資産価値が高いとされているのは、凡そ回避が不可能な広範囲をカバーするような【特許請求の範囲】の記載で特許化されているためです。
J-CAST社の特許成立時の【特許請求の範囲】は以下のようになっています。
【特許請求の範囲】
<請求項1>
①通信ネットワークを介して、ウェブ情報をユーザ端末に提供するウェブ情報提供方法において、
②ユーザ端末に接続されたアクセスポイントが該ユーザ端末に割り当てた前記アクセスポイントのIPアドレス、およびIPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベースを用いて、前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域を判別する第1の判別ステップと、
③前記判別された地域に基づいて、該地域に対応したウェブ情報を選択する第1の選択ステップと、
④前記選択されたウェブ情報を、前記IPアドレスが割り当てられたユーザ端末に送信する送信ステップと、
を有したことを特徴とするウェブ情報提供方法。
【特許請求の範囲】の記載では、出願する人が特許権としての独占を求める技術の範囲を「名詞句」として記載しなければならないルールになっています。特許権の侵害訴訟では、この【特許請求の範囲】が、判決の拠り所となる法律の「条文」と同じ役割を果たします。
仮に、J-CAST社が特許権の侵害訴訟を提起した場合、法廷では、相手方の製品が①②③④の特徴を充足しているか否かをめぐる主張立証がなされます。①②③④の全てを充足している場合に侵害となり、そうでない場合に非侵害となるわけです。別の言葉で言い換えるならば、【特許請求の範囲】の名詞句が単純で抽象的な文言からなるものほど、特許の価値は高く(審査を通り難く)なり、【特許請求の範囲】の名詞句が冗長で具体的な文言からなるものほど、特許の価値は低く(審査を通り易く)なる、ということになります。
①②③④を注意深く読んでみると、この特許が非常に価値の高いものであるということがお分かりいただけるでしょう。
ビジネスモデル特許申請の意義があるのは自ら事業化する場合だけ
J-CAST社がかくも強力な特許権を取得し得た理由の1つとして、インターネット黎明期(1998年)に出願されたものであることが挙げられます。特許法に規定される特許の要件には、新規性(特許法29条1項各号)や進歩性(特許法29条2項)などがあります。
【特許請求の範囲】によって特定される技術的範囲内に公知技術やそこから容易に思いつくような技術が含まれる場合、新規性や進歩性の欠如を理由として審査で蹴られてしまいます。この意味で、特許を取ることは、未だ誰も家を建てていない土地を見つけてそこに家を建てることに似ています。
ビジネスモデル特許についていうならば、J-CAST社のシステムのように広範囲をカバーする特許が成立するような「空き地」は最早ほとんど残っていないというのが実情です。運よく特許化できたとしても、回避が容易な狭い範囲をカバーするものになります。
私どもの特許事務所に相談をお寄せになる依頼者の中には、「自分で事業化する予定はない。特許がとれたらライセンス料で儲けるつもり」という方も居られます。残念ながら、今やこのような目論見が成就する可能性は高くありません。特許申請を見合わせるのが賢明です。ビジネスモデルを特許申請して特許化する意義があるのは、そのビジネスモデルを自ら事業化する計画があり、狭い範囲をカバーする特許であっても他社牽制効果が十分に期待できる、という場合に限られます。
特許申請をすると、申請から特許取得に至るまでの間に特許庁や弁理士に支払う料金として少なくとも50万円以上の費用が発生します。
ビジネスモデル特許の特許申請にあたっては、以上に説明したようなビジネスモデル特許を取り巻く状況の変化を十分に理解した上で、申請価値の存否を判断すると良いでしょう。